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ミレニアムを振り返る



さあ、とんがりやまのご隠居と熊さんに総括していただきましょう!




「うわ。ご隠居、どーしたんです。部屋じゅうに雑誌や新聞の切り抜き広げちゃって」

「ああ熊さんか。こっちお入り」

「何です、これ。…ははあ、今年のRD紹介記事のスクラップですか」

「RDだけじゃないぞ。今年はアイリッシュダンスファンにとって記念すべき年じゃったろ」

「そうですよねえ。年明け早々にLOTD、6月にSOTDも来ましたし。こんなに大規模な公演が連続したのは初めてですよね」

「11月の『Joyful,Joyful』を入れて、今年の4大公演じゃな」

ズテッ

「…なんです?今の音は」

「moriyのダンナが向こうでずっこけた音かな」

「気にせず続けましょう」

「どれもチケットが高かったから、ずいぶん困ったものよ」

「なんでこんなにいきなり集中しちゃったんでしょうねえ」

「ふむ。アイリッシュ側の要因とダンス側の要因、ふたつが考えられるな」

「はあ」

「アイリッシュ要因としては、音楽や映画からの影響が大きいじゃろ」

「なるほど」

「1980年代後半から、ヒット・チャートの一角をアイルランド勢が占めるようになってきた。ロックのU2やシニード・オコナー、ヒーリングのエンヤにナイトノイズ、トラッドをベースに独自の異種格闘技路線を展開したチーフテンズ、ポップスのメアリー・ブラック、…ぱっと思いつくだけでも、バラエティ豊かなもんじゃ」

「それまではアイルランドって誰も知らなかったんですか」

「そうそう。その昔はみんなひとまとめに『ブリティッシュ・ロック』とか呼ばれていたしな」

「FMのリクエスト番組からテレビの紀行番組のBGMまで、みんないつの間にかアイリッシュ・ミュージックを聴いていたんですね。そんな背景がずっとあって、一気に一般化されたのは、やっぱり97年の映画『タイタニック』ですかねえ」

「なんであんなにウケたのか、今となってはさっぱりわからんがの(笑)」

「流行りましたよねえ、ほんとに」

「あの三等船室で演奏されていたのがアイリッシュミュージック、主演俳優が踊っていたのがアイリッシュダンス、などと解説されたな。正面切って間違いというつもりはないが、しかしよりによってあんなものをねえ…と言いたくなる気持ちもあるにはある」

「持って回った言い方しますねえ。これだからマニアはヤなんだ(笑)」

「古いトラッドファンは、『いつまで続くの?このブーム』と毎年のように言い続けてきたもんじゃ。結局この10年間、多少の波はあっても、ブームは消えることがなかった。今から思えば、ブームというとらえ方じたいが間違っておったかもしれん。もっと大きな、<時代の必然>のようなものだったな」

「また難しい言い方をして。要するに、音楽や映画をきっかけに、アイルランドという国とその文化が広く知られるようになったのが90年代、ということなんですね」

「ま、そういうことかな」


「固有の文化への関心ということだったら、ダンス界にも言える気がしますね」

「ほほう。というと」

「特に1990年代だけが『ダンスの時代』というつもりはないですけど、あえて言うなら<民族系>ダンスへの関心が高まった10年だったんではないかと」

「ふむふむ。たとえば?」

「街のフラメンコ教室はここ何年も大盛況。サルサは世界的なブームと言われて久しいですし、92年のピアソラの死後以降、彼の再評価とともにタンゴじたいも見直されてきてます」

「ピアソラ自身は生前<タンゴの破壊者>などと批判されてたらしいがの」

「まだありますよ。ウクレレ・ブームから続いた本物のハワイアン・フラの再発見。インド舞踊やベリー・ダンスにも人気が集まってます」

「ふうむ」

「根強いファンのいる東欧系でも、とくに今年は日本=ハンガリー修好100年ということで、すぐれた公演が目白押しでした」

「ま、ダンスに限らず、80年代はあちこちで<ポスト・モダン>だのなんだの言っておったが、それに対する90年代の答えのひとつが<民族のルーツへの回帰>てえことなんじゃないかな」

「うわぁ。なんだかヒョーロンカっぽいなあ、その言い方(笑)」

「90年代を代表するダンス映画って、何があった?『ムトゥ 踊るマハラジャ』か?」

「そうですねえ、日本で『タイタニック』のような役割を果たした映画といえば『Shall We ダンス?』でしょうか」

「おお、あれはソシアル・ダンスじゃったのう」

「あれがきっかけでダンスを、とまではいかなくても、ヘンなアレルギーがなくなった人は多いかもしれません。ダンス全般に目を向けると、他にも『ダンス・ダンス・レボリューション』の大当たりから熊川哲也の大ブレイクまで、話題は多かったですよね」


「そろそろまとめよう。スピリチュアルな側面では、音楽からはじまってケルト美術や妖精伝説を含むアイルランド文化への関心が、一方でフィジカルな側面ではダンス、それも特に民族的なダンスへの関心が深まっていったのがこの10年の大きな動きであった、と。だから1990年代後半に、その両方を兼ね備えた『リヴァーダンス』が大ヒットしたのはむしろ必然であった、と」

「今年のアイリッシュ・ダンス公演ラッシュは、つまりは90年代の文化状況の総決算だった、と言う結論なんですね」

「だからこそ上演は、区切りの年である2000年でなくてはならなかったのじゃな」

「なんだかできすぎた説明のような気もしますが」

「それから、いずれの作品も伝統そのままを復古させたのではなく、現代的に再構築しなおしたものだ、という点には注目しておいていい。この方法論こそが実は90年代風だったんだと、後世の人はきっと言うじゃろうな」

「な、なんか今日のご隠居、小難しいなあ。それ、遺言ですか?」

「それをいうなら予言じゃろ」


「さて、来年以降、日本でのアイリッシュ・ダンス界はどうなるんでしょうね」

「どうもこうもない。Airがある限り、きっと安泰じゃ」

ドテッ

「…また音がしましたが」

「そんなことより、このスクラップをさっさと片づけてしまわないと」

「あれ、ご隠居、もしかして大掃除の途中だったんですか」

「そうなんじゃ。ちょうどいい、ちょっと手伝っておくれ」

「ヤですよう。家に帰って紅白歌合戦観なきゃ。あ、そだ、お正月の『新春スターかくし芸大会』、誰かリヴァーダンスやると思いません?」

五木ひろし以外にか…ええい、そんなことより大掃除じゃ。除夜の鐘に間にあわんよぅ」

「では、ご隠居、よいお年を〜」

「ああっ。なんて薄情な…」


DEC./2000



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