海外記事翻訳:Colin Dunneインタビュー

Jan. 15, 2001
posted by moriy
原文掲載サイト:Celtic Cafe
原文ページURL:http://www.celticcafe.com/ceolas/colindunne/colin.htm
一次翻訳:moriy
翻訳チェック&コメント協力大感謝:熊谷さん、トントンさん
「これからの僕に注目して欲しいね!」

32年前、イギリス・バーミンガムに生まれてから、Colin Dunneはアイリッシュダンスの世界で偉業を成し遂げてきた。3歳でダンスを始め、11回のブリティッシュタイトル、9回の全アイルランド、そして9回の世界選手権を獲得した。5年前からRiverdanceのリードをつとめ、その鮮烈なテクニックによって世界中のダンサーやファンに賞賛された。彼がJean ButlerとDancing on Dangerous Groundという舞台を作ることになったとき、私たちが待ちきれない思いをしたのも当然だった。

幸運にもロンドンあるいはニューヨークでのチケットを手に入れた人だけが、「今までと全く違う種類のアイリッシュダンスショーを作り出す」という彼らの夢の成果を見ることができた。しかし、ビデオ『Dancing on Dangerous Ground』の発売によって、私たちファンは、ツアーを中途で断念せざるを得なかったこの舞台作品を楽しむことができる。運が良ければ、いつかまた舞台で見ることもできるだろう。ColinはCeltic Cafeのインタビューで、ショーについての最新情報やここ数ヶ月の彼の近況についていろいろと語ってくれた。私たちは、彼がまたそのすばらしいダンスを、いつであれどのようなところであれ、披露してくれるのを心から待ち望んでいる。


Colin、インタビューに応じてくれてありがとう。とても感謝しています。また、あなたが2001年1月15日に新しいウェブサイトを開設すると聞いてわくわくしています。そのサイトではファンとあなたとが直接コンタクトできるということですよね? とても素敵だと思いますが、そのことについて説明していただけますか?。

「ここ6ヶ月、インターネットって何なのかを勉強する時間があって、やっとわかるようになってきたんだよ。ファンがつくっている僕のサイトをたくさん見つけて・・・。それはそれでけっこうな出来なんだけど、公認サイトも作ろうって2、3ヶ月前に思いついたんだ。

今のところ、新しいバイオグラフィーとか、まだ公開したことのない写真とかを載せて、僕とコンタクトを取ったり、メッセージを書き込んだりできるようにしようと思ってる。僕はそこを、自分とダンス界との接点と考えて、双方向のやりとりができるようにするつもり。僕は自分の考えをそこで公表して、何をやろうとしているかを知ってもらって、みんなはそこにアクセスして、どんなことでも質問したり、コメントしたりできる・・・もちろんまともな内容のものに限るけどね。

今年はずいぶんダンスから遠ざかっていたから、実際このサイトを作ることは「帰ってきたぞ!」と言うための手段なんだ。2001年1月の開設からとりあえず1ヶ月くらいは様子を見ようと思っている。その後は自分で書いたものとか、写真とかをもっと増やしていきたいし、ビデオクリップとかも追加したいね。」

Dancing on Dangerous Groundのウェブサイトはどうなっているんでしょう?(訳注:このドメインはコリンのサイトに転送されるようになりました)このサイトとあなた個人のサイトはどのようにリンクするのですか? また、DoDGサイトでは作品の今後の計画やニュースの更新はあるのでしょうか? あなたが2001年の秋にはツアーを再開したいと考えていると理解しているのですが。

「Dancing on Dangerous Groundの略がDODGで、それ故DODGY(ずるい・巧妙な・危ない等の意)とかなんとか言われると分かってたら、そんなタイトルにはしなかったよ。でも、たくさんの人がDODGという言葉を当たり前のように使っているようだから、どうせなら「DG」と言って欲しいね。これに関してはちょっとした話があって・・、知ってると思うけど、このショーは「DiarmuidとGrainne」の物語を元にしているから、最初の何ヶ月かは「D&G」ってタイトルで制作を進めていたんだ。でもこれがイタリアのファッションハウスと間違えられるのは避けたかった(訳注:D&G)。だから「Dangerous Ground」っていう言葉はDとGで始まる言葉を探しているうちに出てきたんだ。

でも・・・そうだね、まだDGのサイトは公開されてて、コアになる人たちがいて、サイトにやってきては掲示板にJeanとColinが結婚して子供と公園でピクニックをしてたとか書いては喜んでる・・・いったい何だっていうんだろう? もちろん、DGのサイトと僕個人のサイトとは相互リンクを張るつもりだけど、colindunne.comは舞台とは別のものだし、僕に関するあらゆることを扱うつもりだ。あのショーは僕の仕事の大きな部分を占めるけれど、それにベッタリというわけじゃないし、それが僕のすべてを定義するわけじゃないよ。」

それでは、DoDGが来年ツアーを再開するというのは本当なんですか? だとすればすごいニュースだと思いますが。

「うん・・・確かなことは、まだ。あれはいい舞台だったと思うし、ショーそのものではなく、外部からふりかかってきてよけきれなかった立ち上げ時期の問題もたくさんあった。でも、Radio Cityは全公演Sold Outにしてみせたし、その時の批評(レビュー)も素晴らしくて、興行的にも、また作品内容からもショーとして十分やっていけることを示したんだ。正直、6月に正式に舞台が中止になったとき、JeanとIan Allen(僕らのマネージャー)と僕とは本当に休みが必要だったし、そのゴタゴタから離れる必要があった。そしてすべてを自分たちのやり方で見直さなきゃいけなかった。だからホントに最近になって、やっと僕たちはショーの復活、または新しいバージョンのそれぞれの可能性について話を始めたんだ。そしてもちろん、そういうことについてクリエイティブに話し始めると熱中してしまう。でも、それを現実のものとするまでには、いくつもクリアーしなければならないことがあるから、今僕たちはいくつかの方法を探っているところなんだ。」

あの舞台の財政的な破綻についての法的な問題のために、いままであなたはあの舞台について公式なコメントができずにいましたね。でもいまは大丈夫でしょう、DoDGになにが起こったのか、あなたの考えを聞かせてもらえませんか? ニューヨークでの評判もすばらしく、みんな次のトロントでの公演を心待ちにしていました。そこでの公演は延期になり、そしてキャンセルされて、がっかりしたファンは来年の再演を望んでいます。私たちはその見通しに期待しています。

「うーん、あの舞台について起きたことを、あの時ああしたらよかった、こうしたらよかったと一生思い悩み続けることもできたわけだけど、そんなの不健康だよね。僕としては、この1年に起こったことを見直してみて、整理をつけたという感じがしている。本当にいろいろ学んだよ。結局ロンドン以来の借金と、Radio Cityのすぐ後に続くツアーを保証するのが難しくなったのが原因で、あの舞台は中止しなければならなくなった・・・でも、そういう状況に陥ったのは、いろいろな要素が絡み合っているんだけどね。プロデューサーも、振り付けも、出演者も、僕たちはみんなショーに関連して起こる全てのこと・・・いいことも悪いことも・・・に責任を持たなきゃいけない。そしてもう取るべき責任は取ったと思う。ただいまだに悔やんでいるのは、トロントでひどい目に遭った人たちのことなんだ。そしてこの舞台でお金を失ってしまった人たちのこと・・・いつか僕か、もしくは僕たちが彼らに埋め合わせをできたらと思っている。」

前回のインタビュー(Radio City Music Hallにて)以降の数ヶ月、何をしていましたか? あなたとJeanは公演の復活について頻繁にコミュニケーションを取っていたのですか? 彼女もあなたと同じように自分のウェブサイトを持つのでしょうか? DoDGが中断したあと、人前で踊ったことは? ダンスのレベルを維持するためにスタジオかどこかでダンスを続けていたのですか? 9回もチャンピオンシップを取るような人は、踊り続けることが一生の習慣になると思うのですが。

「公演が中止になったとき、ツアーがなくなって思ったより長い休みになった。最初は慣れるのが大変だったけど、この機会をうまく使おうと思った。なんていうか、神様の恵みみたいなものだと思うことにした。5年前Riverdanceに加わってからずっと走りっぱなしだったし、1998年にそこを離れたときも、すぐにDGの企画に入ったし・・・。だからこの期間は休息をとり、ショーからちょっと身を離し、いろんな事に挑戦してリフレッシュしたんだ。ぼくはけっこう早くにニューヨークに移ることにした。いつもここで活動するのがなんとなく好きだから。

3ヶ月間はホントに1度もダンスシューズを履かなかった。こんなに長い間踊らなかったのは2歳の時以来じゃないかな。だけどその間、ヨガを始めたりピラーティス(訳注:Pilatesというドイツ系ののお医者さんが始めた身体矯正法。NYで流行っているらしい)をやったりジムに通ったり・・・あと、キックボクシングもやったな・・・いろいろやったけど、すべてスタジオに戻ったときに役に立ったよ。観たかった舞台は全部観て、ニューヨークのダンスシーンで何が起こってるかを理解した・・・刺激になる作品がとてもたくさんあるんだ。他のダンサーや振付家と会ったりもした。アルヴィン・エイリーの芸術監督をしているジュディス・ジャミソン、彼女はまったくすばらしい。(訳注:アルビン・エイリー・アメリカン・ダンス・シアター振り付け。『徹子の部屋』にも出ている)

そうしてスタジオに戻ったときには、とても生気があふれてくるのを感じ、頭の中がすっきりして、ダンスのすばらしさを、やっとまた新鮮な目で見られるようになってきた。舞台の上に何かを出さなきゃというあせりなしにスタジオに行き、ダンスをし、それと戯れる、とても解放された気分なんだ。」

あなたはDoDGでトップクラスのダンサーを集めたカンパニーを作りましたね。あの舞台が中断したとき、多くのダンサーがスクールに戻り、また他のショーに参加した人もいたと聞いています。DoDGがツアーを再開すると聞けば、彼らの多くがカンパニーに戻りたがると思います。彼らはいま何をしているのでしょう?

「僕はDGのダンサーたちが、ダンスでも演技的な要求についてもショーの期待に応えてくれたことを誇りに思うよ。アイリッシュダンサーの男性陣に、軍団の訓練シーンとして『腕立て伏せをしながら、床の上で動き回ってほしい』というのは、最初のうちは簡単な話じゃなかった。だけど、『(兵士たちが)婚礼の席で女たちに酔いつぶされ、翌朝目をさます』という場面の振り付けにはいる頃には、彼らはすっかり調子をつかんで、それを彼ら自身の経験として考えることができた。

そのシーンでなにを引き出したいかを彼らに説明したあと、僕は15分間その場を離れた。そうしたら彼らは自分たちでそこの最初の部分の振り付けをあらかた作ってしまったんだ!

ダンサーたちが、カンパニーの一員ではあっても、自分自身のアイデンティティを失うべきじゃないし、ダンスを通じて自分の個性を表現できていると感じるようなやり方で彼らを導く、というのが常に僕たちのめざすものだった。ダンサーに自分で考えられるような力をつけたことが、僕たちの成し遂げたいちばん大きなことだった。彼らはショーを形作っていく上で大きな役割を果したし、彼らのダンスが単に教えられたステップを一列に並んで笑顔でこなすというのとは、訳が違うということを理解してくれた。僕たちと過ごすことで、彼らの多くがよりダンスを理解してくれたと思う。それはとても嬉しいことだし、将来、彼らの多くとまた一緒に仕事ができたらいいと思う。

彼らの多くとはいまだに連絡を取り合っているし、個人レベルではJeanや僕にとても協力的で、公演が中止になったことを本当に残念に思ってくれている。スクールや大学に戻ったみんなは、新たに勉強を始めたり、途中だった学業を最後までやり遂げようとしている。それはとても賢明なことだと思う。ダンスや舞台での経験を反映して、進路を変えた人もたくさんいる・・・たとえば、メンバーの一人がデザインの勉強をしに戻ったんだけど、いまは舞台セットと衣装デザインを専攻している。」

Celtic Cafeの、11月の「今月のアーティスト」は、現在新しいアルバム『The Hour Before Dawn』を引っ提げてツアーしているSeamus EganとSolasなんです。SeamusはDoDGの音楽/作曲担当でしたから、来年秋、あなたがリニューアルしてツアーを再開しようとしている舞台にも、再び音楽面で参加するのではないかと思うのですが。DoDGのサントラはそのうち入手できるようになるのでしょうか?

「たくさんの人が四六時中DODGのCDの発売見込みを聞いてくるよ。アルバム用のレコーディングもしていないから、そういうCDを出す予定は今のところない。現時点で存在する録音は、実際の舞台の音響から録ったものだけなんだ。」

数週間前、Solasがツアーでこちらに来たとき、Seamusにインタビューする機会に恵まれました。彼は大変才能あるミュージシャン/作曲家であるだけでなく、人間的にもとてもすばらしい人でした。DoDGの音楽で彼と仕事をすること、Solasのミュージシャンを舞台で使うことは、全体的にみて実際どうですか?

「そう、Seamusはいいヤツだし、とても才能のある作曲家だ。すっと以前にJeanと僕は彼と知り合って、音楽のことを語り合うようになった・・・だから、あの舞台の仕事を始めた頃には、もう共通の認識がある程度出来上がっていたんだ。Solasのみんなとは何ヶ月か前、ニューヨークの「ボトムライン」(訳注:有名なライブハウス)で会えた。彼らの演奏はいままでで最高だった。DoDGの曲も何曲か演奏してくれて、とてもよかった。彼ら自身はバンドとしての活動に戻れてよかったと思う。さっきも言ったけど、このショーで僕たちは本当にいろいろ学んだからね。」

あなたは近々発売されるDoDGのビデオをあまり気に入っていないと聞きましたが?

「僕のことを知っているか、僕と仕事をしたことのある人はだれでもわかってると思うけれど、僕はちょっとした完全主義者なんだ。あのビデオはDrury Lane(訳注:DoDGの初演ホール。在ロンドン)での10週間の公演の最終週に撮られたものなんだ。舞台の出来について、たとえ最高の出来ではなくても僕は責任を持つつもりだけど、ニューヨーク公演からいくつか大きな変更を加えようとしていたあのときにビデオを撮ることには、決して賛成しなかった。

そこはちょっと複雑でね、ビデオ制作チームはとっても協力的だったし、ベストを尽くしてくれたと思う。僕はスタッフが云々ではなくて、ただビデオそのものが気に入らないだけなんだ。撮影の後、いくつか制作上(訳注:post production。編集とかパッケージングとかのことでしょう)の決定が行われて・・・その内容が気に入らないんだけど・・・しかもその決定が僕の知らないうちに行われていたんだ。それ以来僕は手を引いて、パッケージのアートワークのような、制作に関する決定にはかかわっていないんだ。実際、まだパッケージデザインも見てないような状況なんだ。」

私たちはそのビデオを買うべきですか?

「もちろん! 結局のところ、このDGビデオはロンドンのものではあるけど、唯一のショーの記録なわけだから、舞台を生で観たファンには何よりだし、生では見ていないけれど、どういうものだったかをテレビで見たいという人にもいいと思うよ。」

ずいぶん前ですが、あなたとJeanが Limerick大学のアイリッシュダンスプログラムに関わるという話を読みました。この点についてもう少し詳しく、目標としていることも含めて話してもらえますか?

「Jeanと僕はMichael O'Sulleabhain(訳注:リマリック大学教授で、同大学のアイリッシュ・ワールドミュージック・センター所長)に頼まれて、1999年の8月にアイリッシュダンスの修士課程のクラスを始めた。僕らの役割は、その講座と緊密にコンタクトを取って、その講座をどのように発展させていくかについて助言をし、また受講者を対象に何回かワークショップを開くことだ。講座の目的は、まったくシンプルなんだけど、競技会や商業主義的なプレッシャーのない環境でダンスを学び、振り付けや実演でいろいろ実験的なことができる健全な環境を提供することによって、言語としてのアイリッシュダンスとその表現方法を発展させることにある。この講座はコンテンポラリーダンスの修士課程と連携しながら運営されていて、アイリッシュダンスの学生も、既に確立されている様々なジャンルのダンスの振付家から学ぶことができる。

僕は、この講座はすごくいいアイデアで、関係するみんなにとって、ダンスが今後どうなるのかを考えたり、誰も見ていないところでダンスを楽しんだりするいい場になると思ったんだ。Michaelと、そして音楽学校にいる彼の知り合いのミュージシャンたちと過ごすのはとても楽しい。ちょうど11月の最終週にもそこに行ってワークショップをして、みんながどうしてるか見てきたところなんだ。」

ワークショップではどんなことをしているのですか?

「ちょっと尊大な言い方に聞こえるかも知れないけど、アイリッシュダンサー一般に言えることとして、考えることに対する一種の怖れというか、自信のなさが挙げられると思う。『ダンスを通して何を表現するのか』について考えたり、それをもっと深めていったり、あるいは研究してみることさえも怖れているんだ。一種の「大将ごっこ」(訳注:オニの動作をみんなでまねをして、間違えたらそいつがオニ(罰を受ける)というような子供の遊びらしい。パントマイムのワークショップとかでよくやる「鏡」の芸に似てるかな)的メンタリティが、競技会レベルでも、舞台レベルでも存在していて、前例を繰り返すことで無難に振る舞おうとする傾向があるんだ。それはメダルなり、商業的な成功を手に入れるためにそうするんだけどね。これはここのハイレベルな、ダンスで修士を取ろうとしている人たちも同じことなので、僕は自分がみっちり関わるよりは、単にいくつかの振り付けを教えたり、彼らのレパートリーにいくつか新しいステップを加えたりするぐらいのほうが彼らにとっていいことだと思っている。もうステップ自体はみんな十分に知ってるんだよ。

この講座が終わる頃には、彼らはよりよいセンスを身につけ、アイリッシュダンスの可能性を理解し、振付家として自分のアイデアを自信を持つようになる。僕はホントにオープンな気持ちで参加してる。みんなそれぞれ個性を持っているから、僕は、主に音楽を使って彼らに方向を示すというやり方で刺激を与えて、彼らが作りたいものを作る手助けをするだけなんだ。その時によって違うけれど、僕はこのやり方が気に入っている。」

Celtic Cafeのウェブサイトでは、アイリッシュダンス史についての権威である、あのJohn Cullinane博士(訳注:Irish Dance Magazine等にもよく寄稿している)の記事を載せています。アイルランドには、アイリッシュダンスの資料(訳注:memorabilia。メモというか何というか、知識や情報を書き残したもの)のアーカイブが存在せず、一般の人や学者が利用できるところはひとつもないという話を聞いて驚きました。かれは自分の持っている4000点(この数は、いろんな人が彼に自慢の品々を預けるので増え続けている)の資料の置き場所を探しています。この件についてどう思いますか?

「アイリッシュダンスの歴史については、それがどこから来たのか、それが何なのか、まだ答えが出ていないことばかりで非常に興味深いね。フラメンコやタンゴ、アフリカ系の打撃ダンスなど他のダンスに関しては、文化的な裏付けや、その社会的な歴史も分かっているようだけど、アイリッシュダンスとはいったい何なのかということについては見当もつかない。

Johnは、幾つかの歴史をつなぎ合わせて私たちに見せてくれるという、すばらしい仕事をしている。その歴史に関してみんなが学べる場所を作るというアイデアはいいと思うし、それはもっと前からあってよかったものだ。最近のアイリッシュダンスの爆発的ブームがあってさえ、アイルランドでは、ダンスは芸術形態としては低くみられ、過小評価されているんだ。政府がちゃんと予算をつけてJohnに場所を提供するべきだと思うよ。」

Riverdance、Lord of the Danceといった舞台作品や、あなたやJeanのようなパフォーマーのおかげで、かつては「コケの生えた芸術」・・・アイルランドとアイルランド系の人だけに限定された「古風な」フォークダンスと思われていたものが、世界的に認知されるようになりました。時代は確かに変わりました。あなたが世界選手権を取っていたころ、自分が舞台のキャリアを歩み、世界中をまわることになると思っていましたか?John博士は自分が早く生まれすぎたと悔やんでましたよ。博士は審判としてだけではなく、ダンサーとして世界をまわるようになりたかったようです。

「僕は、アイリッシュダンスが舞台作品としても成立する可能性があるとダンサーの多くが感じていたと思う。80年代の競技会においてすでにかなりの進展を見せ、アイリッシュダンスに対する人々の認識を変えさせるものがあったんだ。5年前に起こったのは、それ以前には表現の場所を持たなかった才能とエネルギーの解放だった。ただ、それがこれほどの短期間にこんな大ブレークをするとは誰も想像していなかったと思う。その結果、多くのダンサーにその技術によって世界中を股にかけるチャンスを与え、そして観客とステージの間に流れるあの不思議なエネルギーを感じる機会(それは競技会の審判にじっとにらまれるのとは正反対の経験だけど)を与えたんだ。この状態が長く続いたらいいね!」

John博士はインタビューの中で、Late Late ShowのMichael Flatley特集に出演した時のことを語っています。彼は、Jeanが番組の中で踊ったダンスが非常にすばらしく、あなたが振り付けを手伝ったと思うと言っていました。これは事実ですか? またどういった経緯があったのですか?

「ホントにそんなことを言ってた? 彼女が番組でやっていたステップは、彼女がその前に、シャロン・シャノンや他の人たちとカナダのTVに出演したときに見せたものを元にしていたと思う。そのころ僕はRiverdanceのツアー中だったから、全然関わってないよ。けれどLate Late Showの前には、もうRiverdanceのツアーを休んでダブリンにいたから、Jeanなり僕なりが何かをするときにいつもするように、お互いを厳しい目で批評しあった。(訳注:つまり、作品そのものはJeanさまの振り付けだけれど、Late Late Show本番に向けてのチェックの段階ではColinさんが関わっていた、ということ)このころ、僕らは新しい作品のことを相談し始めたところだったんだ。」

DoDGについて興味をひかれたのは、あなたとJeanが、単なるアイリッシュダンスのショーにとどめるのではなく、アイリッシュダンスを取り入れた初めての舞台作品(演劇)にしようとしていた、ということです。ニューヨークの評判は概ね好意的でしたが、この方向性は今後も変わりませんか?

「もちろん! 2年以上前、僕たちが自分たちの舞台を作ろうと相談を始めたころ、僕たちはまったく白紙の状態だったんだけど、基本原則というか方向性として持っていたのは、その舞台がどのようなものになるにせよ、「演劇的になる」、ということだった。「演劇的になる」と言うのは簡単だけど、そのショーを「劇場」でやれば「演劇的になる」わけじゃない。キーになるのは、アイリッシュダンスを一つの言語(訳注:dance language。言葉でそのまま表すのではなく、ダンスで言葉や感情などを表現すること。このインタビュー中でも何カ所かで、Colinのダンスを言語と同機能のものとする考えが見られる)として使い始める、ということなんだ。

ダンス言語というのは、物語を始めから終わりまでわかりやすく伝えることができる言語。また、叙情的・物語的な音楽、衣装、舞台装置、照明などの力を借りて登場人物の性格や心の動きを描き出すことのできる言語。すでに分かっているように、興奮とスペクタクルを求める観客を沸き立たせることもできる言語。でもこれを実際にやるとなると簡単じゃない。もともとアイリッシュダンスは、振幅の大きい人間の情動を表現するのに向いていない。1列に並んで笑いながらユニゾンで踊れば「私たちはアイリッシュであることに誇りを持っている」ということだし、男性のソロは男らしさを表現しているわけだし、ふわふわした衣装で軽快な音のスリップジグに合わせてかわいい女の子が踊れば、それは無垢な乙女ということで、やがて男を惑わすような女になる、ということまでもう見る側はわかってしまっている。でもその先は、何かあるのだろうか? 

ダンスとは、日常のボディランゲージの深化と意味付けを本質とする抽象言語だとぼくは思う。そしてそれこそがあのショーのダンスを作っていく上で目指していたものなんだ。DGはアイリッシュダンスの進歩と未来にとって重要なステップだったと信じているし、ダンサーであるかどうかに関わらず、またあの舞台を気に入ってくれたかどうかに関わらず、ほとんどの人がそのことを認めてくれたと思う。特に第2部、結婚式の場面、男たちを誘惑する場面、目を覚ました兵士たちが激怒する場面・・・踊りと振り付けは雄弁に物語りをしていた。あれはたしかに、アイリッシュダンスをコミュニケーションの手段としてつかった「演劇」だった。そのことは誇りに思ってる。」

アイリッシュダンスはどこに向かっているのでしょう? 最近の競技会では、あなたがタイトルを取っていた頃に比べて、特に衣装などが変わっていることはご存じだと思いますが。私たちはeGroupでCelticCafeDANCERSというメーリングリストを作っていますが、あらゆる年齢層、あらゆるレベルのダンサーとアイリッシュダンスの教師が大勢入会しています。最近広がってきた、ダンサーとしてキャリアを積む機会を考えたとき、どんなアドバイスがありますか?

「すべてのダンサーはそれぞれ違うし、自分のダンスについて様々な望みと目標を持っているよね。僕に言えるのは、『ダンスを楽しめ!』ということだ。もちろん能力の限界まで一生懸命練習をするんだけどね。6カ月間、アイリッシュ・ダンスの最前線から身を離したことで、それが本当に自分のやりたいことだとわかったのは自分にとって大きな収穫だった。僕たちはみんな厳しい競技会のシステムをくぐり抜けてきているから、いくつもあるショーのどれにでも、ほとんどすぐに参加することができる。だけど、単純な毎日を繰り返して『踊れるから』踊っているだけになってしまいがちなんだ。

たぶん、もっと大きいショーのダンサーの方が、ダンサー一般に対してアドバイスするのに適任だと思う。彼らはショーの世界に17歳で入って、学校も早くに離れて、いま、20代の前半ってところだね。僕自身の経歴はちょっと極端だと思うから・・・でもすこし年を取ってからのことだったから、違うやり方でそれに対処できたんだと思う。でも・・・そうだね、ダンスを楽しむことだよ。」

世界中でアイリッシュダンスのショーがあまりに多くなりすぎたとは思いませんか?

「僕はアイリッシュダンスの舞台作品がありすぎると言っていいのかどうか、よくわからないな。多くのダンサーや教師が、この芸術形式に人生を賭けてきたわけだし、彼らがそこで成果をあげようとか、競技会の世界から離れてちょっと楽しんだり、もっと率直に言えば、それで食べていこうとしているのを否定する理由はないよ。

けれど、ぼくが心配しているのは、その中のいくつかの作品のクオリティと、大手のショーを粗悪にして物まねしただけのものがはびこっているということなんだ。特にアタマに来るのは、ダンスのことなんか何にも知らない興行主がとりあえず流行に乗って制作・運営したような舞台が、一人のアイリッシュダンサーも使ってないのに、アイリッシュダンスの作品であるかのように上演されていることだ。これはアイリッシュダンスに人生を賭けてる人たちに対する侮辱以外の何ものでもないよ。これだけは言っておかないとね。」

あなたのカンパニーに加わるダンサーにはどのようなことを求めていますか?

「ダンサーを探すときの基準をどのように決めておいたとしても、結局はその日、その人に対してどんな印象を持つかという問題なんだよ。もちろんテクニックは大切だ。だけど、テクニックだけ素晴らしくて、競技会でいい成績を取るための練習しかしていないような人は、他の状況に対応できない。思うに、キーになるのは、オーディションの短い時間で彼らの対応能力を試し、ある程度の感触をつかむこと。それと、「彼らの可能性」とそれよりもっと重要な「ダンスを学ぼうとする意欲」や「ダンスのセンス」を評価することだね。その際こちらが考慮に入れておかなければいけないのは、ダンサーというのは神経質なものだということと、ほとんどの人はいままさに彼らにとって未知の領域に踏み込もうとしているということだ。まぁ僕の場合は本能的にジャッジをしているけどね。」

近々のご予定は?

「いくつか演劇的ダンスのワークショップをやる他は、スタジオでここニューヨークの素晴らしいダンサー達・・・アイリッシュダンサーに限らずね・・・とセッションして楽しんでるよ。そこではいろんなアイデアが湧き出てきて、とってもエキサイティングだ。そこで出てきたアイデアをもとにワークショップをし始めてるし、たぶん2001年の春にはどこかで発表して、反応を見てみたい。といっても、何か新しい舞台や大きなイベントをするわけじゃないから、あんまり騒ぎすぎないでね・・・最初はそのアイデアをごく少人数に見せることから始めたいんだ。年が明けたらイギリスのコンテンポラリーダンスのカンパニーと仕事をする。彼らのためにいくつか振付をしたんだけど、僕も出演するかどうかはわからない。そしてもちろんDGもまたちゃんと復活させて、やり遂げたいと思ってるよ。」

今、どんなことが楽しいですか? ダンス以外で夢中になっていることは? どんな音楽が好みなんですか? 世界的に知られたアイリッシュダンサーとしてのColin Dunneではなく、Colin Dunne個人の生活はどんな感じなんでしょう?

「僕はごく普通のおとなしい男だよ。最近は本を読むのがまた楽しくなってきたんだ。子供の頃は大好きだったけど、大学時代から会計士の仕事をしていた頃まで、退屈な学術書をたくさん読んだから、もうやめたっていう気分だったんだよね。音楽は、その時の気分に合わせるためにたくさんのコレクションを持ってる。パラシュートジャンプもやりたいんだけど、僕の保険契約だとやっちゃいけないことになってるんだ。でもその他は・・・普通の人と同じだよ。ダンサーとしての生活がエキサイティングだからプライベートは普通でいいんだ。

プライベートのColin Dunneは最近かなり充実してきたよ。ここしばらくダンサーとしての生活の占める割合が多かったからプライベートはおあずけで、ダンサーとしてのColin Dunneの後ろに隠れていたからね。今年は両方にとって重要な年だった。そしてその年を終えて、2001年を迎えることができてができてうれしいね・・・ダンスにせよ何にせよ、やりたいことがいっぱいあるんだ。」

Interview by Bernadette Price

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