SOTD2000:6/16夜:ご隠居と熊さん
「いや〜、ご隠居、楽しかったっすねえ、SOTD」
「うーむ…」
「あれ?どうしたんすか、小難しい顔をして」
「熊さんや、わしにはアレのどこがいいのか、さっぱりわからんのじゃ」
「するとご隠居的には物足りなかったんで」
「ていうか相当いかがわしくないか?この作品」
「またぁ。それは言わないや・く・そ・く」
「いやいや、アイリッシュ・ダンス界の未来のためには、やはり批判すべきはきちんと言わねば。とりあえずS席9500円は高いと思うぞ」
「そうやって悪態ついて、ますます世間を狭くしてりゃいいんですよ。どうぞご勝手に」
「なんだかなあ…ほら、イナカの観光ホテルの歌謡ショー、そんな感じだったな」
「またひどい悪口で始まりましたね。じゃぁあたしは逆に褒めまくりますからね」
「特にクラクラきたのは『Spanish』、ありゃなんじゃ?音楽といい振付といい、センスのかけらもない」
「いやでもね、あたしがけっこう面白いなと思ったのはですね、フラメンコやサルサやジャズ・ダンス、バレエの語法も随所に使われてましたけど、結局のところモダン・アイリッシュ・ダンスをベースにしている、そこんとこが面白いなあと」
「何をやっても、しょせんお里が知れると言いたいんじゃろ」
「違いますよ。その反対です。あたしには、あれは確信犯だと思えるんですがね」
「どういうことかな?」
「つまりですね。このプログラムの紹介文、すごいアイルランド賛歌でしょう」
「こちらが少々気恥ずかしくなってくるほどにな」
「それに、会場で売ってた観光物産品」
「あんなところでバウロン買うヤツはいるのか」
「いちいち突っ込まないでください。…とにかく、主催者はもろアイリッシュ色で売り出しているわけですよ」
「そのわりに音楽がアイリッシュじゃなかったぞ」
「そこですよ…いいですか、いかにもアイリッシュな音楽でアイリッシュ・ダンスするのはもはや目新しくもなんともない。ああいう風なポップ・ロックでもアイリッシュは踊れるし、また他のダンスにはできない独自色を打ち出すことさえ充分できる、ということを示したのがSOTDの一番の功績ではないかと。アイルランドったって、あの国にはなにも伝統音楽しか存在しないわけではないですからね」
「つまり、方法論として B*Witched あたりと同趣向と言いたいのじゃな。それにしてはちと音楽が古くさい気もしたが」
「そりゃ初演から時間もたってますから」
「とはいえケルト風味な曲調もそこそこあったようだが」
「いきなり完全にオミットしてしまうと、観客がついてこれないでしょう。そこはそれ、試行錯誤ってのを認めないと」
「なんだか上手く言い含められている気もするんじゃがのう。すると、あのいまいちラインが揃わんヘタなダンスも、確信犯だと言いたいのかな?」
「確かに超絶技巧なテクはあまりなかったようですがね、それでも観客はあれを充分アイリッシュ・ダンスと認識しているわけでしょ。その意味では決して下手なんかじゃないですよ」
「わしに言わせると、今のモダン・アイリッシュ界には、フラットレー、バトラー、ダン以降、後に続くべきスターが不足しておるな。LOTD来日公演でもうすうす感じてはおったが、今回のSOTDでそれがハッキリした。ああいう中途半端な舞台こそ、ひとりでいい、輝く存在さえおれば、多少の欠点は見えなくなるものじゃ」
「そこいらは各ショーの関係者共通の悩みでしょうね。後発のショーになるほど人材確保が難しいんでしょう。予算だって厳しいでしょうし」
「制作者側のセンスのなさは予算とは別問題じゃろ」
「でも、舞台装置は思い切ってシンプルにしてしまって、照明と衣装で魅せるとか、それなりに工夫はあったじゃないですか。特に照明はよく頑張ってました」
「まあな。今後日本でもプロアマ問わず、アイリッシュを取り入れた舞台が増えてくるかもしれん。その際には、RDやLOTDよりも、むしろSOTDの方が参考になるんじゃろうな」
「ところでご隠居、アイリッシュ・ダンスのステージには必ずフィドラーが出てくる、これもうお約束になってしまいましたね」
「RDでのアイリーン・アイヴァースはそれだけ偉大だったんじゃろうな。もっとも、今回のは、単にダンサーが<フィドラー>という役割を演じただけだったようにも見えたが。ところで熊さん、気がついたか?第二部のフィドル・メドレー」
「???何がですか」
「セーラーズ・ホーンパイプ〜わらの中の七面鳥〜オレンジ・ブロッサム・スペシャルという構成じゃよ。どれもアイリッシュと言うより、アメリカのブルーグラス方面で有名な曲ばかり。ブルーグラスのルーツのひとつにスコットランドの影響は抜かせないし、全くケルティックと無関係と言うつもりはないが、特にオレンジ・ブロッサムなんかはもろアメリカン・ナンバーじゃ。どうでもいいことかもしれんが、誰も指摘しないからわしが言っておく。このあたり選曲者の意図が聞きたいところじゃな」
「その3曲の前にもう一つアイリッシュのジグがあったでしょ。あれはつまり、アイルランドからアメリカへの<音楽史>を駆け足で表現したメドレーなんでは?」
「さて、どうだかな。そこまで深い意味が隠されていたとも思えんのじゃが」
「ご隠居みたいに、妙に意固地になって純粋性にこだわってると、ダメですって。SOTDはダンスとしてのアイリッシュの可能性をもう一歩広げたところを認めなきゃ」
「どんなダンス・ビートでもアイリッシュで踊れる、か。ま、可能性だけは認めてやろう。ただし、変拍子を多用した複雑なリズムなら、ビル・ウィーランが既にRDでさんざん試みとる。ビートとしては、SOTDは単純すぎるほどじゃ。そこまで言うなら、リズムにしろダンスにしろ、もう少しいろいろあった方がよかったな」
「ダンスはいっぱい出てきたじゃないですか。バレエやラテン、それに極真カラテ(笑)まで」
「アイリッシュ的にはステップ・ダンス一辺倒じゃろ?RDでもLOTDでもケーリー・ダンスをアレンジした場面があったろ。ケーリー・ダンスは、ステップこそ単純だが複雑なフォーメーションが使えて、たいへん見栄えのするダンスじゃから、一場面くらいあれを使わん手はないと思うんじゃが」
「あえてそれらしいシーンを探すなら、『Dancer's Tale』のスロー・バラードですか。リズムはうんとスローなジグっぽい感じで、ステップも確かジグでした」
「スローすぎて、ちと踊りにくそうではあったがの」
「はあ〜、これでもう、秋までなんにもないんですねえ。ちょっと寂しいです」
「そうさな、夏休みにでもなにかやってくれたらいいんじゃがのう。お、そうだ」
「どうしたんです?」
「どこかヒマな遊園地を探してじゃな」
「ほうほう」
「納涼お化け屋敷とかやっとるじゃろ。そこを借り切って」
「ほうほう」
「ガイコツだのドラキュラだのにアイリッシュ・ダンスを踊らせる」
「ほうほう」
「名付けてスプラッタ・オブ・ザ・ダンス!どうじゃ、これはウケるぞ」
「…いーかげんにしなさいっっっ!」