ライブ&レポート:『ダンシング・アット・ルーナッサ』
『ダンシング・アット・ルーナッサ』ブライアン・フリール作 (1990)
Dancing at Lughnasa by Brian Friel
パークタワーホールにて(99年10月16日観劇)
1936年、アイルランド北西部ドネゴル州。小さな村バリべッグ郊外に、マンディ家の5人姉妹が暮らしている。教師で厳格な40才の長女、家事を引き受ける次女、手袋編みの内職をする三女と四女、五女は未婚のまま7才のマイケルの母となっている。その夏、マイケルの父ジェリーの突然の訪れや姉妹たちの兄ジャックのアフリカからの25年ぶりの帰国が彼女たちに波紋を投げかける。宣教師として布教活動をしていたジャックは、現地の宗教に感化されてカソリックの信仰を忘れてしまっていた。そんな変わりゆく時代の8月、収穫祭ルーナッサの祭りの日を、成人したマイケルが追想する…
“ルーナッサ”というのはゲール語で8月を意味し、古代ケルトの光と収穫の神ルーに捧げられる異教的な祭りのことだそうです。土地や時代によってもその風習は変わるそうですが、常に欠かせなかったダンスは、古くは楽器を持たない者たちによるリルティング伴奏で踊られていたらしいです。 St.Patrick以前のアイルランドの大地に自然と共に根付いていたドルイド(つまりキリスト教に改宗する前のケルト族)たちの息遣いを伝えるルーナッサの祭り---その同じエネルギーは“Riverdance”の世界にも流れていると、かのショーのプロデューサーがコメントしていたかと思います。
そんな“ルーナッサのダンス”ですが、この劇では実際に繰り出して行って祝うお祭りとしてではなくて、それぞれの超個人的な祭りとして描かれているんです。ここに登場するのは皆、彼らを取り巻く世の中からは排除される運命にある人物ばかり---カソリック教会から追放された兄ジャック、そのために教職を追われる長女、村に出来た工場の影響で手編みの仕事を失う三女と四女---彼女は自らの妄想の中に囚われてもいる。狭い日常の憂さや閉塞感とそれぞれが抱える問題から、束の間解き放たれた瞬間がすなわち彼女たちのルーナッサの祭り。その夏の日を境に、もう二度と踊られることはないであろうダンス。ラジオから聴こえてくるリール(原作だと“The Mason's Apron”となってますが、98年の映画版ではBill Whelan の新曲)に合わせて彼女たちが踊り出す場面は強烈なインパクトがあります。一同たがが外れたように奇声をあげながら即興で狂おしくステップを踏む光景は憑かれたような恍惚感があって、なんだか恐いような、ぐっとくる場面です。“Reel Around the Sun”の冒頭を観ていて感じる、何とも言えないゾクゾク感に通ずるものがあるような気もします。
劇中かかるアイルランド音楽はルーナッサの日のリールだけです。調子っぱずれのラジオが名脇役ぶりを発揮しているんですが、マイケルの父ジェリーがやって来ると、コール・ポーターの音楽が流れて30年代アメリカの甘美な香りに包まれるんです。ダンスの上手いジェリーのステップは軽やかで、繰り返し歌い踊られる“Anything Goes”の能天気アメリカンな世界と姉妹たちが直面する現実とがあまりにも対照的でちょっと辛く胸に響きますね。後にスペイン内乱で足を負傷してしまうジェリーの未来がマイケルによって語られるんで、なおさら悲しい。それにしても“Dancing in the Dark”や“Stardust”などのメロディーが流れると、そのノスタルジックな雰囲気には酔ってしまいます(あの年代の曲って好きなもんで…)。
今回の来日公演は、スイスのカンパニーでイリーナ・ブルック(ピーター・ブルックの娘さん)による演出でした。この劇は以前にロンドン(ミュージカルと勘違いして観に行ってしまったんです)と、昨年夏エジンバラ・フェスティバル(こちらは全員10代の若いカンパニーでした…マイケル役者が可愛かったナァ)で観ているのですが、今回新鮮だったのはそのラストシーン。原作では、幕開きと同じ室内での構図で終わるんですが、今回は屋外の庭で夕食を楽しむ姉妹たちの姿で幕を閉じるんです。ここで舞台背景に置かれたスクリーンの白い壁が効果的に生きてましたね。一面黄金の稲穂が映し出されて、夕暮れ時の赤い日差しに照らし出される姉妹たちの紅潮した頬が愛おしく印象的でした。
この場面のマイケルのモノローグがまたとっても美しいんですよね---その詩的な響きは、マイナーであっても信念を持って生き抜こうとした者たちに捧げる祈りのようにも聞こえます。それはマイケルが記憶の中で何度も訪れ魅了されるルーナッサの想い出---想像の中でより甘美になっていく音楽がこだまする世界---ことばの要らない世界で踊られるダンスのイメージ…